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マテ・テレレ 研究所

昨今、マテ茶・テレレが日本でも注目を浴びてるようになってうれしい限りです。マテ茶は「飲むサラダ」と呼ばれ、安心・安全にビタミンを取れる事でも知られていますね。
科学的根拠はまだありませんが、漢方の薬としてはその薬効が証明されだしてますし、やはり長年パラグアイでも愛されている事を思えば、効果のある薬草であるといえるでしょう。さて、そんなマテ茶ですが、日本に輸入されている一部のジェルバといえば「パハリート」「クルピ」などが有名なところです。
しかし!!すでに製品化されているジェルバだけでなく、パラグアイではマテ茶やテレレに「レメディオ・レフレスカ」などと俗称で呼ばれる薬草を入れて風邪お腹の調子が悪い時、あるいは内臓系の疾患がある時に、使用される薬草があります。
言ってみればこれらは「おばあちゃんの知恵袋」のように伝播されているものですからあまり日本ではなじみがありません。このページではその知恵袋も含めてマテ茶・テレレがパラグアイでどのように普及していったのかを見ていきましょう。

テレレの説明とその歴史

テレレはパラグアイの伝統的な飲み物です。飲む際には、Pohãro’ysã(ポハロウサ:爽快な薬草類)を潰して冷水とともにポット、ガラス瓶またはプラスティックやアルミ容器に入れ、Bombilla (ボンビージャ)と呼ばれるストロー、 Guampa(グアンパ:コップのような容器)にたっぷり   Yerba Mate(マテ茶)を入れて飲みます。
このボンビージャとグアンパ、それから冷水あるいは温水をいれるテルモを一つのセットにしてどこに行くにも持ち歩いて、友人とマテ茶・テレレを飲み交わします。
マテ茶(またはグアラニー語で“ka’ay”(カアウ))は17世紀以前から先住民グアラニー族たちの間で既に飲まれていたと伝えられており、その後イエズス会によって普及された。
もともと、先住民にはCaaという葉からとれた飲み物を土器から直接 (ボンビージャという先に漉し器のついたストローを使わずに) 飲む習慣があった。彼らは歯でマテを漉し、口から出したり、 茎の汁をすったりしていた。ジャングルの中で長距離を移動するときには葉も食べていたが、この習慣はその後、すたれてしまった
16世紀頃には、キリスト教を伝えるために南米へイエズス会宣教師がやってきて、今までマテの樹は自生しているものから茶葉を作り出し、薬用や飲用(特にアルコール中毒の解決法として使用した。というのも、 インディアンはAlgarroboと呼ばれる果物からとれたchichaというアルコール度の高い飲み物を常飲していたからである。)として用いていたのだが、彼によってマテの人工栽培が行われるようになり、そして一部の地域ではマテの樹による商業化が進み、大きく発展を遂げたのである。
そして、古来より愛し、親しまれてきたマテ茶は、エネルギー補給の飲料から嗜み好まれる飲料となった。18世紀中ごろにはマテは一般に広く飲まれるようになり、 ブエノスアイレスで飲まれるようになった頃には各家庭にはマテを入れる専門の侍従がいて、 時には二人の侍従がそれぞれ甘いマテ、普通のマテ(シマロン)をそれぞれ担当していたといわれている。
自生する場所としては、自然美の豊かなアルゼンチンのコリエンテス州、ミシオネス州、そして現在のパラグアイ西部地方。ブラジル側ではマットグロッソ州とリオグランデ南部があげられる。 この地域の気温、湿度と土壌はマテを栽培するのに最適な場所といえる。

テレレの歴史、二つの説。と習慣

一つ目の説

パラグアイ-ボリビア戦時中(1932-1935年)、パラグアイ兵たちはたき火をすることで敵兵に発見されて襲撃ないようにマテ茶を水で飲んでいたと言われる。しかし、別説では、チャコ地方の高気温では熱いお湯を注いで飲むより水で厳暑を凌ぐしかなかったと伝えられている。

二つ目の説

もしかするとパラグアイ兵たちは、チャコ地方は干ばつがひどく生水が不足していることと塩水なので、溜まり水や尿を蒸発させ薬草を入れて水分を取るようにしていたという説。いずれにしろ、三国戦争やチャコ戦争以来テレレがポピュラーな日常飲み物として普及された。

パラグアイには独特のテレレ習慣がある。テレレは簡単に言うと冷やしマテ茶通常マテ茶はあたたかくして飲むのだが、夏場はきんきんに冷えたテレレを飲む。

しかし、同じテレレと言っても様々なスタイルと習慣がある。例えば、パラグアイ南部イタプア地方ではロシア系移住民らが在住しておりチャコ戦争時代には大きな貢献をしたが、彼らは冷水の代わりにオレンジジュースまたはその他の果物ジュースをマテ茶に入れて飲む。

気温が40度近くなるのが普通という中でみな熱射病にならないのは、「テレレ」の習慣があるからだと言われている。
また1つのスプーン型ストローで回し飲みする習慣は、喉の渇きを潤し家族、友人、対人関係を密にすると言われている。マンゴーの樹の下の日陰や庭で輪になってテレレを回し飲む…コミュニケーションの手段と絆を深めるためだとも言われる。“jahapyjatereré” (vamos a tomar tereré、テレレを飲もうよ)の一言で全ては始まるのだ。
テレレは、小さい子ども、若者から大人まで年齢層に限らず親しまれている。現在は、ポットや容器もおしゃれなデザインになってきて、革細工からプラスティックやアルミ、木細工の容器もある。TERMOと呼ばれるポットも革細工で自分の好みでデザインを注文できる商品もある。
パラグアイには面白い習慣法則があって、テレレを用意して注ぐのは輪の中で一番若い者または新参者。テレレを飲み始める前に必ず“maapa la imitavevaape” (quien es el menor acá この中で誰が一番若いんだ?)と聞かれる。これは、目上の者に対する敬意の表れだとも言われている。
テレレタイムに入る前にはグアラニー語で”tereré rupá” (una cama para el tereré – que mas bien significa comer algo antes de tomar tereré テレレ前のベッド…テレレを飲む前の軽食)と言うものがある。それは午前10時頃、そして午後3時ごろ。エンパナーダをパンの間にはさんだ即席サンドイッチだったり、チパだったりするが軽食後10~15分経ったらテレレタイムに入る。また、街角では薬草を「調合」して茶葉を売っており、その日の体調に合わせて調合してもらう。この薬草の調合が効くのは薬学的にも証明されている。
現在では、合理的な面も考えてマテ茶会社では、パッケージの中にミントレモンその他の薬草を調合して販売されている。

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